それは強く甘く。けれど儚く微かに。
優美さを纏い、優雅に焦がれる。
しかし彼の人はそれに気付かず、只この身だけが焦がれ、口付けを求める。
秘めたる恋を、彼の人に。
 
 
 
「SWEET VIOLET」
 
 
 
「麗しの君・・・・・御令嬢。美しき、姫君?」
くすくすと笑って、彼は彼女の手を取り、膝間付いて口付け。
からかいの様なその台詞に、人を惑わす優美な微笑を浮べて彼女は言う。
「お久し振りですね、元気でいらして?仮面紳士様」
彼女は、黒服に身を包んだ男を親愛と敬意の念を込めてそう呼ぶ。
ふわりと手を退いて、手持ちの黒い日傘に添えた。
「えぇ、御蔭様でね。其方こそお元気でしたか?リデル嬢」
「ええ勿論。先日素晴らしいお客様が要らしたので、殊更に」
「かごめ、ですか」
にこりと笑って応えるリデルにそう軽く問う。
かごめから彼女に会ったと言う話は少し前に聞いた。
だから若しかしたら、リデルの言う「客人」と言うのはかごめの事ではないかと思ったのだ。
「お話をお聞きに?・・・彼女も確かにそうなのですけれど、もうひとり別の方です。
 もっと最近、お出でになったんですよ」
「ほぅ、何方ですか」
「ロキさん、と云う方なのですけれど・・・かごめさんからお聞きになっていませんか?
 彼女もロキさんにはお会いになっている筈ですが」
「ああ」
思い当たる人物がいる。
最もそれは未だ見ぬ人ではあるけれども、話にだけは聞いている。
面白い娘だと、そして不思議な娘だと。
「是非お会いしてみたいものですね」
そう言って彼は至極楽しそうに笑う。
普段見せる貼り付けた様な笑みではなく、例えるとするならば其れは、
恐らく興味や関心と言った類のものだ。
楽しみにしていると。
それが、ありありと解る様な。そんな。
 
以前の彼は、見せなかった。
最近の彼は、よく見せる。
 
「それでは今度彼女にその旨を伝えて置きます。
  きっと彼女も興味を持たれると思いますから、どうぞ楽しみにしてらして下さいな」
「そうですね、話を聞くにとても愉快な方のようだ」
話を思い出したのか、軽く手を遣った口元からくすくすと漏れる。
帽子にある赤の飾りがそれに合わせて揺れた。
 
そんな様を見てしまったから。
 
「ねぇ、仮面紳士様?」
 
不意に訊いてみたくなった。
 
訊かなければ傷付く事も無いのだろうに。
否、訊かずにいても痛むばかりなのだろうか。
答え次第では、それは大変喜ばしいかも知れない。複雑かも知れない。
けれど何れにしろ胸の内を告げる事は無いのだろう。
今までがそうだったように。
これからもきっと、そうなのだろう。
 
『物語は劇的に変わる事はしない。』
 
それに、ならうとするのなら。
きっと。
 
小首を傾げて微笑む彼に、口元は笑んだままで真摯に問うた。
「貴方にとって、かごめさんはどの様な存在ですか?」
一瞬驚いた表情を見せ、そうしてくすりと笑われた。
自分と同じ赤い瞳が遠い。
懐かしむような、慈しむような、憧れを想う時のような。
優しさを纏って。
 
「かごめは・・・・・」
 
そう口にした。
それは、酷く愛しいものを口にする時に似て。
 
 
 
 
「あの子はね。とても大切な存在ですよ。私にとって。」
 
 
 
 
端的に、淡々として、それでも自信を持って言う。
「言ってしまえば、好きや愛しているの類でしょう。 けれどそんなに簡単に、
説明できるような感情ではないのですよ、リデル嬢。
恋をしているのとは違う。ただ、惹かれている。 恐らく。
私はきっと、あの子を、肉親を想うのと同じに想っている。
母を慕うのとは違う、父に憧れるのとも違う、
恐らく妹や弟への庇護心と同じでしょう。」
 
最も生前の自分には、そんなものが居た覚えは無いから、
これはただの憶測に過ぎないのだけれど。
 
「妹・・・・」
「単なる憶測ですがね、例えるならばそれに近しいのでしょう。
何しろ彼女は危なっかしい。見ていて飽きませんよ、全く面白い」
目を伏せて咽の奥でくつくつとわらう。
彼の言う通り、彼女は確かに変わった存在だ。
けれど庇護心を掻き立てるほどの危うさが在るとはとても思えない。
 
それなら私は彼にとってどんな存在なのだろう。
かごめが『妹』だというのなら、私は何なのだろうか。
友人?いや、それ以下の知人か。
『肉親』ではきっとない。
だって彼女を想って話をする時のような、あんな笑顔は私には向けない。
けれど出会って初めの頃の、あの張り付いた笑顔ではない。
 
訊いてみたいが、止めておこう。
 
ずっと留めて置くと決めたのだ。
彼と初めて出会ったあのときに。
時折、空の胸が軋むけれど、それでも留めて置くと。
 
今訊いてしまったなら、それに歯止めが利かなくなるから。
 
「仮面紳士様」
 
彼の名前を呼ぶ事は無い。
今までも此れからも。
 
「何でしょうか、麗しの姫君?」
 
そう決めたのだ。約束をしたのだ。
自分に。
 
「どうか」
 
偽ったままでいこう。
仕舞ったままでいく。
 
「はい」
 
目の前の彼の微笑み。
彼女に向けるものとは違う。
同じものかそれ以上を、手に入れる事は叶わない。
そう思っている。理解している。
 
黒い裾を軽く持って、優雅に腰を折る。
昔仕込まれた礼をして、そうして彼に向き直って微笑を。
 
「どうか、私と踊って頂けませんか?」
 
手を。
 
「・・・・・・・・・・私で、宜しければ・・・」
 
とって。
もう一度。
 
「・・・・喜んで。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
口付けを。
 
 
 
 
 
 
 
 
<アトガキモドキ。>
 
ジズとリデル。
この微妙な距離感が大好きです(ぅゎ)
この話でジズのかごめに対する想いが浮かび上がってきたかと。
個人的に書きたかった内容なので達成感が有ります。
本当はまだまだ書き足りないけれど、それはまたの機会に。
何が書き足りないってジズのリデルに対する感情ですよ。
あとやっぱりかごめへの感情。
リデル嬢からの、は充分なんですけど。
ジズからの、て言うのは全然なんですね。
いつかいつか書きたいですね。全部完結できたらいいな。
 
 
 
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