こころが鳴って。
そのままずっと、鳴り止まずに。
音を立てて壊れてしまいそうなのに。
 
いつだって、貴方の傍では。
 
 
 
「CANDY NOISE」
 
 
 
うとうとと、眠りに落ちかけて瞼をこする。
ふと壁沿いに立っている大きな振り子時計を見ると、時は既に真夜中だ。
どちらかと言えば夜型である彼女だが、この所仕事が立て続けに入っており、
こうしてゆっくり休める時間を得られないでいた。
この、彼の屋敷に足を運ぶのも久しい。
前回ここに来て彼に会ったのは、確か4ヶ月程前だったか。
 
仕事が入るのは嬉しいし、仕事自体も楽しい。
充実していると言う事だ。
けれど。
それはすなわち、彼に会う機会が減るのと同義だ。
 
ただひたすらに沈黙を貫く両開きの扉をそっと見つめる。
めばえやメバエは出入りをするものの、彼女の待ち人である彼は一向に姿を見せない。
先程からこちらの様子を窺いに来るめばえ達は、
大変申し訳なさそうな素振りをして部屋に入り、そして出て行く。
その様子に度々苦笑した。
俯きがちに息を吐いた。
足早に床を踏み扉に近付いてくる音に気付き、視線を向ける。
「お待たせして申し訳ありません!」
焦りを隠そうともせず、ジズは軋む扉を押し開けた。
「いえ、どうかお気になさらず」
「そう言う訳には。折角貴女が訪ねて来て下さったのに、無駄に多くの時間を費やしてしまった」
そうして、先程まで彼が対応に追われていた電話の相手に小さく悪態を吐いた。
そっと溜息を吐き自らの隣に腰を降ろす彼に、笑みを零す。
くすくすと笑っているのに気付いたのか、彼は彼女を見つめて苦笑した。
「・・・・・・失礼、大人気無いですね。どうにも貴女が関わると、穏やかではいられなくなるようだ」
 
少々冷静になるべきですね、私は。
 
そう言う間に主人の後を追って入っためばえが、淡々と紅茶の用意を済ませて出て行く。
彼は何気なくそれを視線で追い、扉が閉まったところで、カップを手に取り口を着けた。
僅かな沈黙が流れる。
かちゃんと、カップとソーサーの触れ合う音が鮮明に聞こえ。
「久しい、ですね。リデル嬢」
彼の声が更に鮮明に。
「そうですね、以前こちらにお邪魔したのはおよそ4ヶ月前ですから」
柔らかで滑らかな深いテノールが、身体に染み込むようだ。
久々に近くで感じる彼の気配に、カップを持つ手が僅かに震えた。
声も震えていたかも知れない。
 
とくり、と。
心が揺れ動いて鳴き声をあげた。
 
「もうそんなに前になりますか」
「はい」
軽く目を見開く彼に、リデルはふわりと微笑んだ。
そう言えば前に彼女とこうして言葉を交わしたのは、まだ肌寒い季節だっただろうか。
ふむ、と鼻を鳴らし、ジズは琥珀色の液体を口に含む。
隣で彼女は同様に、ゆっくりと、紅茶を口に運んでいた。
ほぼ同時にカップがそれぞれのソーサーに。
「リデル嬢」
「はい?」
不意に名前を呼ばれ、彼を見た。
手を組むようにしてお互いの手が繋がれる。
「仮面紳士様・・・・?」
「こうして手を繋ぐ事も久しくなかった事でしょう」
くすりと笑みを零して。
手を繋いだままで、リデルの手の甲にそっと口付けた。
 
とくり。
とくり、とく。
 
ああ、音が。
鳴り止まない。
 
「・・・・・・っ」
 
呼吸をすることが困難なほどの、胸の苦しさに襲われて。
病気ではなくて、身体が不調を訴えているのではなくて。
 
「リデル嬢?」
 
その、声だって。
 
ぎゅ、と目を瞑ったリデルは、繋がれたままだった手を解き、頬に当てる。
ジズに背中を向けて俯いてしまった。
赤味が差していることを自分でわかっているのだ。
戸惑いの色を含んでいた彼の瞳は、暫く後に優しさに変わった。
多少の、からかいも綯い交ぜにして。
「リデル嬢。ほら、隠さずに見せては頂けませんか?・・・大丈夫ですよ、笑ったりしませんから」
「・・・・・・・っ」
後ろからそっと抱き締める。
髪を撫でて、口付け。
耳元でゆったりと囁いた。
「リデル嬢」
 
彼女のためだけの、甘い声で。
 
 
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