『たとえこのまま朽ち逝くこの身でも、愛して下さるというのなら』

『勿論だ。君がこのまま土に還ってしまうのなら、冥界の王に許しを乞うても君を引き留めるよ。
それでも駄目だというのなら、その時は僕も共に逝こう』

『嗚呼、――――――……』


「感情と幸福の接点」

 

画面の中の彼女を、真剣な眼差しで寡黙に見つめた。
画面の中では彼女と相手の恋人役が口付けて愛を囁き合うと言う、
一種の物語の山場を迎えている。
そして2人の唇が重なろうとした、その時。

ぷつん。

と。
すっと目を細めた彼は何の躊躇いもなく唐突に、画面の電源を落とした。
突然の事に、隣に座る彼女は不思議そうな声で彼を呼び、小首を傾げた。
「仮面紳士様?」
彼女の声に、肘掛けを軸に手で頭部を支える姿勢を取った彼はちらりと視線をやる。
僅か、嘆息。
「どうして、私との口付けはあれ程嫌だと拒むのに、演技をしている間はあれ程容易く受け入れるのです?」
「え?」
嫌味から来ているのではない。
どこか拗ねたような、不機嫌な。
「仮面紳士様…?」
「………」
呼び掛けには応えず、じっと彼女を見つめている。
ふと、ひとつの事項に思い当たって、小さく漏れ出た声に口元を押さえた。
「あの…もしかして」
「何です」
瞬時に返される拗ねたような彼の表情と声音。
可能性が膨らむ。

もしかして。

「妬いて…いらっしゃいます、か…?」
そっと、伺うように。
こちらを向かない彼の顔を覗いた。
と、すっと背けられて仕舞う。しかし沈黙は饒舌で、態度は能弁だ。
そんな彼の様子に、くすくすと小さく笑いを零す彼女は、
僅かに困惑の色を浮かべる彼に見つめられた。
「笑わないで下さい…厭なんですよ、喩え物語の流れとは言え、
私以外の誰かが貴女に口付けるのは…あぁ…この私がこんな子供染みた事を言うなんて全く」

良い歳をして、彼女よりも年上で、幽霊として永い年月を生きてきた大人の男が、と、
彼は腹の底から湧き出る溜息を吐く。
くすくすと笑いの収まらぬ彼女を見つめ、再び嘆息。
「リデル嬢…」
「ご…ごめんなさい、でも、あの、仮面紳士様…何だか可愛らしくって」
そう言ってまた口元に手を遣り笑って仕舞う彼女を、軽く息を吐いた後に見つめた。
「可愛らしいのは、私から言わせて頂けば、貴女なのですがね。リデル嬢」
真摯な眼差しを向ける彼に笑いを収めて瞬きを返す。
「いつだって、愛しい貴女を、屋敷に閉じ込めておけたらどんなに良いかと思っていますよ」
そっと頬に触れ。
空想に瞳が、心が、想いが揺れる。
「私以外の誰にも見せず、触らせず、私だけが貴女を愛せたらどんなに良いかとね」
叶う筈のない夢想に、苦笑を零す。
戸惑いに震える唇をなぞり、口付けた。
頬に、触れて。口唇を寄せ。
愛しさに任せて口付けを。
気付かれない様に瞳を開け、煌めく紅玉を閉じ込めた彼女を見つめた。
長い睫が細かに震えて、頬にその影を落としている。

ああ。
今の私、は。

さら、と淡青色の絹が指先を流れた。
甘やかな香がそこから零れ、鼻先を掠めていく。
瞳を細めて不意に離れ、なだらかな頬を指の背で撫でる。
「……ん」
僅か、声が零れ。
自分と同じ赤い瞳が見つめて、微笑んで抱き締めた。
するりと頬に口付ける。
「リデル嬢」
耳に口付けたそのままに、彼は豊かで甘く、柔らかなテノールで囁いた。
それこそ彼のこの声は、彼女の為だけに聴かせるもだと言う様に。
きゅっと強張る華奢な肩さえ愛しい。
彼女の髪をこめかみから梳き、額に口付けた。
至極愉しげに小さくくすくすと笑い、名前を呼んで。

「リデル嬢」

胸を膨らませて溢れ出すほどの幸福をかみしめ。
ただ、至近距離での蜜月に酔った。

 

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