この世界にたったひとつ、真実があるとすれば、それは。
…せめてそこに、夢を見ていたかった。

 

「エンター:リアル:イノセント」

 

大抵の場合、物語とは。
描かれる人物の未来や、歩んで来た道程は語られることのないまま進む。
しかしそうして紡がれた物語は確かに、彼らの人生の一瞬の煌きだ。
其は一瞬であるからこその美しさか。
其は『それこそが正しい』と突き進んでいく人物たちの輝きか。
けれどもしも。
すべての物語が続いていたなら。
そこにも、やはり矛盾は生じ得るのだろうか。
信じていた道に突如として壁が現れたり。
変わらないと疑わなかった心が、長い時間を経て廃れてしまったり。
彼らもまた生きているというのなら、その答えは自ずから。

ああでもそれは、とても認めたくはなくて。
なんて寂しく哀しいことか。

僅か嘆息し、彼は瞳を閉じた。
独り椅子に掛ける部屋には、ただ静寂だけが充ちる。
そうして、ぽつりと。
広い部屋にいくつかの言葉が零れ落ちていく。
一瞬一瞬の煌きを纏って揺れ動く。流れ行く。消えて行く。

「…ねぇリデル嬢、いつか私は」

ここには居るはずもない彼女へ。
とても本人がいる前では口に出来ないような酷い事を口にする。
そう、自負していた。

「貴女に捧げた言葉の全てを、嘘に変えてしまうかも知れません」

それは、今彼が誰かに心を奪われかけているからではなく。
きっと遠い未来の話。
けれど近い未来の話。
言葉は流れる。時間も過ぎ行く。
変わらないものなどこの世界には恐らく有り得ない。
心もいつか変わるのではないかと、そう思えてならないのだ。
幾つもの書架に描かれた物語の、現実に似て。

嗚呼。けれど。

「それでも、私は」

きっと貴女を、手放せない。

この世界に唯一、真実と呼べるものがあるとするならば、それは。
思うにきっと『愛』ではない。
けれど。
今はせめてそこに夢を見ていたかった。

「私、は」

僅かな希望に縋りついて。


 

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